第一部

生身の身体に向き合う排泄ケア―そのために大切なこと

講師:浜田 きよ子(高齢生活研究所 はいせつ用具の情報館「むつき庵」代表)

「今日一日、家のトイレが使えないとしたら、あなたはどうしますか?」。こんな質問を高齢者の方々にしたところ、「コンビニのトイレを借りる」、「家から出て、デパートなどで買い物をして、そこのトイレを使う」、「尿瓶を利用する」、「あまり水を飲まないようにする(これはいけません!)」などさまざまな答えが返ってきました。でも一人として「おむつを使う」と答えた人はありませんでした。誰だっておむつで排泄したくはありませんね。
でも病院でも高齢者施設でもおむつは当たり前に使われています。もちろんそれが必要な状態の方もたくさんおられます。そうだとしたら「必要なおむつ」と「必要ではないおむつ」があって、それらは混在して使われているのかもしれません。
私は排泄用具の情報館「むつき庵」を運営していて、ここではおむつ類だけで400点ほど展示しています。ポータブルトイレは20台、それに尿瓶や自己導尿の用具など800点ほどの排泄用具を展示して排泄の相談を受けています。こんな場所を開設したのも、25年あまりずっと排泄ケアにこだわってきたのも、母の介護がきっかけでした。
今から30年ほど前のことですが、母は重い糖尿病で入院していました。その頃、母は白内障が進んで目がほとんど見えなくなっていました。そんな母の状態を知った看護師さんから「ベッドから下りるのは危険だから、おむつで排泄しましょう」と言われ、母は大きな布おむつを当てられました。病院が勧めることだし、これは母にとってもよいことだと私は思っていました。しかし母はまるで生きる気力を手放したかのように弱っていき、おむつとの因果関係は定かではありませんが、それからひと月ほどで亡くなってしまいました。 母を亡くした後、私はおむつを当てたことを後悔しました。でもどうしたらよかったのかが分かりませんでした。そこで身体が不自由になったときに使いやすい福祉用具について研究し、その一方で排泄ケアについて学んでいきました。
排泄トラブルには原因があり、受診して治療を受けることで良くなることがあります。しかし母のように身体自体の衰えについては環境を整えることや適切な用具を使うことが重要です。つまり原因を探り、対策を講じることが必要となります。そのことをしっかりしかも具体的にお伝えしたいと思ったのが、むつき庵の始まりです。
むつき庵には難問奇問が寄せられます。誰だって「オシッコが漏れる」などは簡単に言葉にできないでしょうし、プライドに関わるものです。だからこそあれこれ詳しく暮らしの様子を教えていただき、そこから必要なモノやことを考えていきます。それにより排泄のトラブルが解消すれば、暮らしは大きく変わります。その結果としておむつが不要になることもあれば、適切なおむつが安心をもたらすこともあるのです。
高齢者施設での勉強家や実際の相談をもとに、どんなモノがあり、どう考えていけばいいのか、排泄にまつわる暮らしのヒントやおむつフィッターという排泄ケアの専門家たちのことなど、あれこれお話しできれば、と思っています。

講師略歴

浜田 きよ子(はまだ きよこ)

高齢生活研究所 はいせつ用具の情報館 むつき庵 ともに代表
福祉住環境コーディネーター協会理事ほか

1950年

京都府に生まれる

1973年 同志社大学 文学部 社会学科 卒業
塾講師などを経て1987年より高齢者の暮らしを広げる道具について研究を始める
1994年 公益財団法人テクノエイド協会発行「福祉用具アセスメントマニュアル」作成メンバーとなる。以来ベッド評価検討委員、ポータブルトイレ評価検討委員ほか
1995年 高齢生活研究所設立 介護などの相談を数多く受ける
2003年 はいせつ用具の情報館 むつき庵 を設立
2005年 京都府あけぼの賞 受賞
2007年 日本認知症ケア学会「読売認知症ケア賞・奨励賞」受賞
2013年 むつき庵のしくみがグッドデザイン賞を受賞する

主な著書に
「介護の常識」講談社・「介護をこえて」NHKブックス・「排泄ケアが暮らしを変える」ミネルヴァ書房・「老いの技法」時事通信社・「おむつトラブル110番(監修・著)メディカ出版ほか

主な新聞連載
「お答えします」朝日新聞・「福祉用具ノート」毎日新聞・「福祉用具を考える」読売新聞・「現代のことば」京都新聞・「シニアいい品」静岡新聞ほか

浜田きよ子 ホームページ http://www.aged-person.net
むつき庵  ホームページ http://www.mutsukian.com/

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